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明日なんて見えなくて
生きていることが辛くて
いっそ終わらせてしまおうかと

明日も今日の続きで
生きていくことは苦痛で
いっそ断ち切ってしまおうかと

そう思っては
いけないだろうか


救いなんて見えなくて
孤独に沈むのが怖くて
もはや信じるものなどないと

望みなんて抱けなくて
絶望にまみれるのが不安で
もはや涙も枯れて果てたと

この身を捨てては
いけないだろうか


駄目だと止める者などなくて
やめろと宥める者などなくて

それでも生きては
いけるのだろうか


明日なんて見えないから
もしかしたらなんてこと
いっそ信じてしまおうかと

明日は今日より良くて
生きていくことは歓喜で
そう願ってみようじゃないかと

明日も生きては
いけるのだろうか


生きろと止める者に会うため
笑えと宥める者に会うため

行けるとこまで
生きてみようか


(2008-01-21)


今読むと、「生きてることが辛いなら」をちょっと連想しますね(笑)

リクエストいただいたお題に対して書いたものです。「命がけで戻ってきたが、世の中に否定され絶望した男に希望を与える」(正確にはもっと詳細があるんですが)というものでした。

さて、どうでしょう。希望を与えることは出来るのでしょうか。

明日は見えないからこそ、明日を見てみようじゃないか、と伝わればいいな、と思います。
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2009.02.01 Sun l 月々 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

あーるぐれいさん☆
泣かせてしまう人がひとりでもいれば、それは生きるほうへ
思いを変えてゆくべきです。そのような人が今にいなくても
いたことに気づく時もあるのかも、そしていつか自分がいなくなってしまっても
精一杯に生き抜くことがたいせつなのは、そうした人と相互に気づいてゆくこと
がとてもたましいに必要だからです。人は亡くなるほんの一瞬でも生ききれば
元気な時の何年にも勝る素晴らしいことに気づきます。
そうすると人生の課題が軽くなり、たましいには安らぎが与えられます、
また別の勇気と平和が与えられます。
途中で自分で断ち切ってしまうことは、その気づきを得れなくなって
辛かったように一からまた必ず同じことを繰り返します。
そんなことにはならないとポエムでしようからね、
でも真面目に言葉を記しました。
2009.02.03 Tue l ろ~るけ~き. URL l 編集
コメント、ありがとうございます。
そうですね。
私も、生を終えるその一瞬に「私の人生もそう悪いもんじゃなかったよね」と思えるような人生でありたいと常々思っています。
時に、一人ぼっちのように思えることがあっても、世界中が見放していってしまうような気がしても、本当にそうなのか、確かめるためにも、明日を生きようと思うのです。
そして、誰かが泣いてくれ、誰かが笑ってくれるなら、また明日も生きようと思うのです。
2009.02.03 Tue l あーるぐれい. URL l 編集

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