探しているお話はどれですか
よろしければ探してみせましょう
ありきたりでない悲恋もの
見たこともない異世界の話
うろ覚えにしか分からない
幼い日に聞いた話
終わらぬままに終わってしまった
未完のままの誰かの話
探してるお話はどれですか
どんなものでも探してみせましょう
見てきたような歴史もの
背中合わせの恐怖の話
いつか書こうと思ったままの
机の中のあなたの話
どんな人でもただ読むだけで
癒され微笑む優しい話
探してるお話はなんですか
いくらだって探してみせましょう
ただし御代はあなたの話
過去の未来の現在の
あなたの話を切り取って
そっくりそのままもらいます
あなたの人生の落丁を
厭わなければさあどうぞ
何でも探してみせましょう
やあ
これはようこそ
いらっしゃい
お探しのもの
用意してございますよ
これなるは
かつての英雄達が
重宝した金の鈴
行くか戻るか
西か東か
悩んだときには鈴を振る
愛か戦か
選ぶかよすか
迷ったときには鈴を振る
片方答えを口にして
ころんと一振り振ってみる
音が鳴ったら進むべし
沈黙したならやめるべし
ただしお一つご注意を
これなる鈴は気まぐれで
数度に一度嘘をつく
これなる鈴はそれゆえに
時折人を惑わせる
幾多の数多の英雄達は
それゆえ
末路を間違えた
それでも良ければさあどうぞ
輝く黄金をその手に取って
あなたの未来を委ねるならば
鈴は軽やかに鳴るでしょう
やあ
ようこそ
いらっしゃい
お待ちしていましたよ
あなたにうってつけの品はこちら
願いを叶えることのできる
紫の宝玉の指輪
右の小指でひと撫でしたら
願う言葉を口にして
指を鳴らして御覧なさい
見事宝玉が砕けたら
あなたの願いが一つだけ
この世のものになるでしょう
ただしお一つご注意を
これなる指輪は代償に
大事なものを奪います
どのお一つが無くなるか
それは指輪の気分次第
それでよければ
さあどうぞ
なるほど願うは
大切なものを
奪ってくれるなと
そう仰るか
それならそれで
良いでしょう
指輪は砕け塵と消え
しかしあなたの毎日は
前と変わらずあるでしょう
本当にそれを願うなら
試してみれば良いでしょう
さあ
どうぞ
口にして御覧なさい
指輪が叶えるはただ一つ
さあ
どうぞ
いらっしゃい
気になる品はございましたか
ああ
そちらは「ぬふ」
濡れた布と書きます
お手にとって御覧なさい
しっとりと吸い付きましょう
しかし裏を返したならば
じっとりと粘りつきましょう
それは
あなたに終焉と始まりを齎す布
しっとり愛おしい手触りの面で
包み込んだならば
それはあなたを生まれ変わらせる
胞衣となります
じっとり厭わしい手触りの面で
包み込んだならば
それはあなたを葬り去るための
経帷子となりましょう
布を濡らすのは
涙か血潮か
あなたを濡らすのは
生命の海か
奈落の沼か
お好きな方をお選びなさい
これはようこそ
いらっしゃい
お求めの品は
なんでしょう
求めているのは品ではないと
求めているのは居場所だと
周りは幼稚で薄っぺらいと
見てくれだけで中身がないと
全てが醜く見難いのだと
息が苦しく生き苦しいと
なるほど
さようにお言いになるか
もちろん当然ございます
これなる品は舶来の
精巧極めし写真機なれば
写真に留めし画とともに
いかなる時代も留めし一品
十年百年昔であれど
千年万年未来であれど
お望みの場所を探り当て
撮影せしめてみせましょう
ひとたび閃光光ったならば
御身は望みのその場所へ
ただしお一つご注意を
かつて過ごせし場所の記憶は
ともに過ごせし時の記録は
全て何にも残りません
あなたはもとより居たように
その時代へと溶け込みましょう
ゆえに抱きしその想い
それも煙と消えましょう
そこで醜さを感じても
そこで生きるのが辛くても
それは新たなあなたなる
次のあなたが思うこと
ただしどんなに苦痛でも
たとえどんなに不満でも
やがて再びここへ来れるか
それは誰にも知れぬこと
それでも良ければさあどうぞ
タンニンが染み込んだ水のような
暗い昏い紅の空
こんな夕暮れにはきっと
路地の向こうに
異空間が待っている
薄暗い路地の向こうで手招きしている
暗い昏い笑みの人
その姿を見極めることはきっと
出来はしないのに
きっとそこに立っている
通い慣れた道をいつもどおり帰りながら
暗い昏い路地を見る
こんな夕暮れにはきっと
その向こうの世界から
呼ぶ声が聞こえてくる
やあやあようこそ
いらっしゃい
これは小さなお客様
いかなる品をお望みで
クジラが欲しいと仰せですか
もちろん揃えてございます
硝子に陶器
ゴムに布
文鎮
香炉
風船
人形
手乗りクジラも
空飛ぶクジラも
何でも揃えてございます
いやいやそんなものではないと
正真正銘のクジラがいいと
なるほど
もちろんございます
これなる卵はクジラの卵
そうともクジラでございます
汲み上げてきた海水の
中にぽとんと落としたら
あとはむくむく成長し
やがてクジラになりましょう
ただしお一つご注意を
これなるクジラはよく育つ
一晩寝ればふた倍に
二晩寝れば四倍に
八倍そして十六倍
ほんの十日で千倍に
それでも捨ててはなりませぬ
最後のときまで面倒見ると
誓えるのならば売りましょう
守れなかったらどうなるか
クジラは哀しみ荒れ狂い
あなたを町ごと飲み込んで
遠い海へと去るでしょう
深い海へと還るでしょう
それでも良ければさあどうぞ
やあ
ようこそ
いらっしゃい
此度は何を
お求めで
ははあ
なるほど
これは奇異なる
老いる薬をお求めか
年のころなら
十九か二十歳
明るい未来があるものを
一足飛びに
七、八十と
奇異と言わずになんとしょう
若気の至りとは
言いませぬ
若さの過ちとは
申しませぬ
恋は異なもの縁なもの
古今東西恋などは
過つものであるならば
口出しなどは無粋です
もちろん当然
ございます
当店なれば
ないものはない
ここにこれなる
切子の壜は
新月の露を
集めたる
蒼く揺らめく
闇の雫は
陰り落ちたる
極みなり
一口飲めば
ひとまわり
二口飲めば
ふたまわり
十年ぐるりと
老いましょう
ただしお一つ
ご注意を
これなる薬は
新月の
見えぬ光の雫なり
闇の光に引きずられ
ともすれば
月が待ち受ける
三日月色の鎌を持つ
笑みが背後で待ち受ける
それに負けぬと仰せなら
これをばどうぞ
お持ちあれ