花火を観にいこう
君が誘った夏の夜
川沿いの道二人で歩く
夜の風が涼しく吹いて
空の星が優しく光る
着いたのは湧水の泉
水辺の樹には白い花
君が両手で優しくゆすると
白い花が水面に落ちて
空の星とはじけて光る
星と花とで出来た花火
水中で光る不思議な花火
音も立てずにいくつもはじけて
泉の水は清らに澄んで
僕らの顔を優しく照らす
恋人と温泉旅行に出かけた。
温泉から上がって部屋でくつろいでいると、恋人のバッグで電話が鳴った。
いつまでも鳴っているので出ようかとバッグを覗き込むと
トートバッグの底に光るナイフを見つけた。
見なかったことにした。
電話はいつまでも鳴っている。
散歩に行くと言い残して部屋を出た。
最終電車で逃げ帰ろうとしたが、次の駅が終着駅だった。
仕方なく戻ることにした。
一駅分歩いて疲れたが、駅に恋人が待っているのを見て冷や汗をかいた。
どこまで言ってたの、と無邪気に問う恋人の、バッグから覗くスカーフがナイフをくるんでいるのが見えた。
帰り道で雨が降り出した。
私、折りたたみの傘を持っているのよ、と恋人が言ってバッグに手を入れた。
スカーフの中の柄を掴もうとしたので、慌てて止めた。
もうちょっとだし走って帰ろう。
血の雨に降られるよりは、雨に濡れたほうが百倍マシだ。
冷えた体を湯で温めることにした。
団体客が疲れを癒しに入りに来ていた。
浮かない顔をしているね、と一人の男に言われたのでわけを話す。
それならこれを持っていきなと、蛇使いが蛇の卵をくれた。
南国の果物に似た匂いの卵を持ったまま、温泉を出て部屋に戻る。
恋人が誰かに電話をしていた。
部屋に戻ると恋人が待ち受けていた。
遅かったのね、と笑いながらお茶を勧めてきた。
緑色のそれは、お茶というよりも入浴剤入りのお湯のように見えた。
毒々しい色の湯飲みから目をそらし、こんなものを貰ってね、と蛇の卵を見せてみた。
恋人は大きく悲鳴を上げた。
卵が割れると中から暗闇が出てきた。
部屋中が真っ暗になった中で恋人に問う。
お前のバッグの中に入っているナイフは何なのだ。
何のこと、ととぼけた彼女はぱくりと蛇に飲まれてしまった。
とたんに暗闇が弾けて、星空のような一振りのナイフだけが部屋に落ちていた。
柄に蛇が巻きついている。
巻きついた蛇がナイフを飲み込んでしまった。
取り返しのつかないミスをした気になったが、どうしようもない。
蛇が近寄ってきたので、近くにあった箒で庭へと掃き出した。
真っ暗な庭先に、蛇使いが立っている。
金色の瞳がこちらを見て光っていた。
さあ、サーカスへ出かけよう、と蛇使いは言った。
賑やかなジンタが庭先に流れてくる。
彼女はどこへ行ったのだ、返してくれと言うと蛇使いは笑った。
鶏や牛を捌くみたいに君を捌いて食べようとした女をかい。
それでも恋人のいない世界は灰色なのだと訴える。
蛇使いの腕に巻きついた蛇がするすると天に伸びて、空中ブランコになった。
一緒に行けば教えてあげようと、蛇使いが誘う。
手を取ろうとした途端、音楽が止んだ。
どうやら時間切れだ。
君はどこまでも草食らしいね、と蛇使いが笑った。
草を食べるのに夢中で、目の前に大きく開いた赤い口があることに気づかない。
だが罠を回避する勘と、出くわさない運は持っている。
理解できずにいると、ロープは蛇に戻り、赤くぬめる口を開けた。
あっという間に飲み込まれてしまった。
運と勘はどこにあるんだろう。
キスの感触で目を覚ますと恋人がいた。
野原に恋人と二人きりでいたらしい。
ラベンダー色の空が見える。
お寝坊ね、と恋人が笑ったがそれどころではない。
あのナイフは何だったのだと訊くと、あなたは誰と来るつもりだったのと訊き返された。
ジンタの曲が鳴ったが、出所は恋人が持っていた電話だった。
促されて耳に当てると、ここにいない恋人の最期の声がした。
ここにいる恋人を見ると、血まみれたナイフを舐めて笑っている。
いつの間に入れ替わったのだったか。
次に目が覚めたとき、隣で寝ているのはどちらの恋人だろうか。
気配がするので起きてみると
枕元に殿様がいる
いかがなさいましたかと訊くと
悋気に惑わされおぬしを斬ってしまったと言う
ご案じ召されますな、これこの通り成仏しました
そう答えて差し上げると殿様は消えた
これでよく眠れる
蜆の棒手振りをしている
おくれと声がして女が立っている
酔いどれ亭主にね、と
買って行ったが
あの女の亭主は5年も前に死んでいる
そういえば、あの女も昨年死んだのだった
桶の蜆は減っていた
夕暮れ時の橋のたもとで小僧が泣いている
どうしたのかと問えば
川に落し物をしたのだと泣く
そう深い川ではなかったので
何を無くしたのだ、探してやろうと言うと
小僧はのっぺらの顔を指し示した
おいらの顔さ
花街の話である
朝霧と名乗る女に出会った
妾と恋に堕ちておくんなんし
女はそう言って私を手招く
ふらふらと近寄ったが
触れることは出来なかった
名前のような女だった
花街の話である
昼顔と名乗る女に通った
久しぶりでありんすね
恋ひてか寝らむ 昨夜(きそ)も今宵も
そう詠ったあとで
女は花になって消えた
白い花が涙で濡れていた
花街の話である
夕凪と名乗る女が笑った
ぬしさまはご存知でありいせんね
嵐が来れば凪は泡沫
女に抱きしめられた瞬間
あっという間に溺れてしまった
指物屋をしている
鑿が滑って指を切った
作りかけの煙草盆の上に
赤い牡丹が咲いた
同時に哄笑が響いた
大店の女将さんが買っていったが
旦那の愛人に贈るらしい
袋物屋をしている
古着を解いていたら
襟から手紙が出てきた
読むと昔の女が俺に宛てた手紙だった
引き裂いて全ての袋に縫い合わせた
買っていった娘は全て
良いところに縁付いたらしい
下駄の鼻緒が切れてしまった
提灯の火も消え月も隠れた
さても困ったことかなと呟けば
もし、と背後から声がする
よければこれをお使いなさい
下駄の片方を手渡された
雲が切れて去っていく唐傘オバケが見えた
外が賑やかなので覗こうとすると
婆様に止められた
出ちゃならねぇ、あれは百鬼夜行さ
取って喰われてしまうよ
言いながら自分は楽しげに踊って出て行った
毎回自分だけ楽しそうだ
いい加減成仏してくれないと困る
好きだよ
大好き
だぁいすき
なによりも
誰よりも
君のこと
好きだよ
大好き
だぁいすき
笑わないで聞いてね
君が好きで
毎日が嬉しい
君が好きで
明日が楽しみ
好きだよ
大好き
だぁいすき
自分までも
好きになる
優しい気持ちに
なれるんだ
妖艶に誘う
花の乱舞
艶かしい笑み
闇を隠す
爪に似た月
疵を付けて
切り裂いた空
悲鳴をあげ
滴り落ちる蜜
紅の色味
手招きするは
過去の亡者
哄笑は夜に
溶けて広がる
緋色に染まる
白磁の肌
濡れそぼる瞳
硝子の様
眠れし骸
魂を囚われ
咲き誇る桜が
絡め取る心
濃厚に香る
紅き夜に
舞い散りし桜
闇を隠す
心残りはありますか
何かに未練はありますか
去っていく彼を掴み損ねた手
出しそびれたままの手紙
仲直りせずに遠くなった友
涙を呑んで別れた校舎
買わぬうちに消えたおもちゃ
続きが気になったままの本
遠い昔に綴った日記
心残りはありますか
名残惜しさはありますか
これから先へ続く人生
確立してきた今の自分
まだまだ尽きない創造の泉
まだ出会わない幾つもの出会い
今日の夜空と明日の夜明け
見たことのない景色とシーン
未来という名の次の一秒
だからまだ
心残りはありすぎて
遠い遠い山の奥
水が生まれて流れる場所
深い深い淵の底に
今は亡い夢が眠る
静かな夜の水面
天高い月が揺らめいて
浮かび上がる幻も
吐息のように消える
落ちて来る雫が
広がる波紋を呼ぶ
震えるものはただ
世界を隔てる水面だけ
閉ざされた瞼の
奥に眠る双眸を
もう誰も見ることは叶わない
遠い遠い森の中
水が生まれて始まる場所
深い深い淵の下で
今もまだ夢が眠る
明けゆく夜の空を
映すよりもさらに深い
悲しみの色をたたえては
涙のように滲む
零れ来る花弁が
時間を揺り起こす
憂えるものはただ
世界を隔てた水面だけ
噤まれた唇の
奥に潜む言葉を
もう誰も聞くことは叶わない